若きショーペンハウアーにおける「意志としての世界」の構想


― ショーペンハウアー研究の新視角を求めて(第二部) ―


鎌田 康男



目次

一 序説

二 ショーペンハウアーの学生時代

  1 ゲッティンゲン時代
  2 ベルリン時代
  3 学位論文『根拠律の四つの根について』における意志

三 「意志としての世界」の構想
  1 ドレスデン時代前期 I
  2 ドレスデン時代前期 II

四 『意志と表象としての世界』の成立
  1 超越論的意志と弁証的意志の肯定の構造
  ・付論(一)弁証的意志の肯定としての西欧近代
  2 超越論的意志と弁証的意志の否定の構造
  ・付論(二)ショーペンハウアー解釈について

五 ショーペンハウアーの倫理学 ― 正義と同情

六 結びにかえて ― ショーペンハウアーと宗教、死の問題



一 序説

 本稿の意図は、ショーペンハウアーの哲学を、その成立へと導いた根本経験から照明することである。第一部「若きショーペンハウアーにおける『表象としての世界』の構想[1]」では、若きショーペンハウアーの思索の歩みを、彼の「表象」理解(の変遷)に即して追跡してみた。ところで、ショーペンハウアーの思索の世界は、主著(1818年、発行年は1819年と印刷されている)の表題ともなっている「意志と表象としての世界」である。そこで、本稿第二部では、ショーペンハウアー哲学の世界のあと半分、「意志としての世界」に焦点を当てながら、ショーペンハウアー哲学の成立過程をたどり、その全体像に迫ってみようと思う。

 若きショーペンハウアーにおける「意志」の問題は、「表象」についての思索がほぼ完結するドレスデン時代以降に煮つまってゆくのであるが、その軸となる問題意識は、すでにゲッティンゲン時代から明瞭に認められ、表象についての思索と表裏一体に展開されている。従って、第二部では、まず学生時代からドレスデン時代前期までのショーペンハウアーの「意志」の問題の展開を追跡し、主著の直接の土台となる意志概念を取り出してみる。そのことによって、ショーペンハウアーの「意志」の問題の展開を追跡し、主著の直接の土台となる意志概念を取り出してみる。そのことによって、ショーペンハウアーの意志理解は、カントおよびドイツ観念論と共通の哲学的な背景を持っていること、それ故19世紀後半以来の実体形而上学的、ないし生理学的な意志理解(「世界は、盲目ないし実体の現象である。」)からだけでは、ショーペンハウアー哲学が統一的に解釈できない理由、従って様々な不当な批判を受けねばならなくなった理由も自ら明らかになろう。最後に、「意志の否定」と「同情の倫理」の構造を哲学的に考察する。

二 ショーペンハウアーの学生時代

 1 ゲッティンゲン時代

 第一部の序説において、カントからドイツ観念論に至る思索を導くものとして、次のような問を指摘した。すなわち、西欧近代に自明のものでなくなった真の存在(人間の個としての、および共同性としてのアイデンティティーを保証する秩序)を、実体として再確立するか、主観によって新たに構築するか、という問である。この問は、当時の文化・社会・政治等諸領域の様々な問題の根幹をなす問である。一方の立場は、他の立場の陥る危険を批判し、その原因を示している。すなわち、現象の背後にある自体的な存在(実体)を想定するのは、それによって人間の共同性のアイデンティティーの意味を強調し、個々の意志が、力尽くの恣意の冒険に走らないためである。また真の存在の秩序を主観の自己構築によって表現しようとするのは、自由な個としての人間のアイデンティティーを確保し、、生き生きとした現実から遊離した絶対(主義)的な秩序の支配に屈さぬためなのである。しかし、そのような問の本来の意味が見失われるときに、それぞれの立場は実定化・実体化されて、まさしく反対の立場から批判された当のものと化するのである。

 そのような問題を引き起こす実体主義と主観主義の対立は、第一部で見たように、ショーペンハウアー自身、最初の師シュルツェと、二番目の師のフィヒテの立場の違いとして直に経験したものであり、その後の思索を進めてゆくにあたって避けられない重要問題となったのである。

 ゲッティンゲン時代に書かれ、「表象」概念の生成過程の最初に位置するイデアに関する草稿[2]では、「意志」という言葉こそ使われていないが、シュルツェの影響下に主観の自己構築としての抽象概念を、無関心な観照によって得られるイデアより低次のものとする立場が述べられている。普遍概念とは、あるものから一定の目的実現のために重要な要素だけをとりまとめて「本質」とし、そのほかの要素を、本質的でない要素として捨象する、という仕方で、「人間悟性が自分の創造物を把握する」手段である[3]。そこには、主著に連なる意志の否定の思想の萌芽が明らかに認められる。ただし、この時期の意志の否定は、それ自身現象世界を超越した永遠の世界に至る通路として理解されている。それは個別的主観の相対性を越え出て絶対者に至ることにより、死によって脅かされたこのアイデンティティーを永遠に確保しようとする、いっそう強烈な意志である。

 2 ベルリン時代

 ベルリン時代には「真の存在」への意志は依然として維持されているものの、意識の内在(「表象存在」)と、真の存在へ向かっての意識の超出(「よりよい意識」)との緊張関係が次第に強くなる[4]。この緊張関係の中で、「よりよい意識」の超越性が次第に制限され、読み替えられてゆく。その読み替えのプロセスには、ほぼ次のような段階を想定することができる。(1)表象存在の立場を徹底してゆけば、「真の存在」は当面意識の外に物自体として認識できないことになり、超越の道を意識内部に見いだす他はない。(2)意識の内部に見いだすとは、意識自身が「真の存在」およびそこに至る通路を、意識を超越したものとして表象しつつ構成することである。(3)であるならば、「真の存在」は表象であり、意識の自己・存在構築の意志の発現にほかならない。ここに至って、ショーペンハウアーははっきりとシュルツェの立場からフィヒテの立場へと転換しているのである。

 「方向を変えること、闇の国から光の国へと移り行くことは、限りなく難しく、限りなく易しい。・・・・・それを意志しさえすればよい。しかし、意志しなければならないのだ。[5]」

 このようにして「よりよい意識」は、意識内部で、実践的自己規定によって存在秩序を形成する意志として読み替えられてゆくが、同時にそれによって達せられるべきものは、あの永遠にして真実な存在である、という立場も堅持され、その緊張関係は学位論文『根拠律の四つの根について』成立直後、ドレスデン時代のはじめまで続くのである。

 3 学位論文『根拠律の四つの根について』における意志

 1813年に完成された学位論文でショーペンハウアーは、意志の二つの契機を取り出す。第一は、表象を成立させている契機としての意志である。意識は、知覚され、意識に直接顕現する表象、例えば目の前の「この机」に自発的に注意を向け、認識するほかに、ファンタジー(構想力)によって現在経験されないものに注意を向け、その表象を現前化することがある。これは認識の次元に発現する意志の作用である。今朝駅前で見かけたポルシェを生きいきと心に描いてみることもできる。これは過去に向かったファンタスマ、記憶と呼ばれるものである。また、未来のものを創造したり、この世に存在しない(だろう)映像、例えば駅前広場で逆立ちする恐竜の姿を心に書いてみることもできる。通常「観念連合」と言われるものである。そのような意志理解は、アウグスティヌス以来の「魂の指向性(intentio animi)[6]」の伝統に属するものであるが、経験を成り立たせる制約として考えられる意志を、私は「超越論的意志」と呼ぼうと思う。

 第二は、先の「よりよい意識」のところでも問題となった、自己規定・存在構築としての意志の契機である。それは「決意(Entschluss)」として意識され、行為として実現される。そこでは、ファンタスマの場合のように、経験に与えられていないものの表象を単に意識に現前化させ、想像するだけではなく、その表象を経験のうちで実現・貫徹するのである。すなわち決意は、行為として現実を作り替え、与えられた現実を越え出てゆく。それ故決意は最高の意志作用であるといわれる。このような意志理解は、フィヒテの「道徳学(Sitetenlehre, 1798)」を頂点とするものである[7]。以上のような意志の契機を、私は「弁証法的意志」と名づけることにする。

 「超越論的意志」・「弁証的意志」という用語は、ショーペンハウアー自身は用いていないが、ファンタジーと決意という意志の二つの契機を分けて考えていたということは、次の引用などからも知られる。「我々のファンタジーに突然書き出されるあらゆる映像と、先に顕現した(=はっきりと意識された、著者註)理由に縛られずに下されるあらゆる判断とは、意志の作用によって引き起こされたものと考えねばならない。[8]」

三 「意志としての世界」の構想 ― ドレスデン時代前期

 1 ドレスデン時代前期 I(1813 ― 1814年前半)

  学位論文『根拠律の四つの根について』においてショーペンハウアーは、意識内在の立場を確立した。この立場は、当面個としての意識のレベルでの認識論的な問題として取り扱われたが、以後認識の共同性としての世界の構成の問題にまで拡張され、学位論文ではわずかに言及されたにとどまるイデアの問題に本格的に取り組むことになる。そこでショーペンハウアーは、181四年春のワイマール草稿に認められるように、一度はベルリン時代に模索したイデー理解、すなわち弁証的意志の構築する存在秩序としてのイデーという考えを推し進めようとするが、まもなくその試みを放棄する、それに変わって、学位論文では控えめに触れられただけの「標準直観」としてのイデー理解が、次第に明確な形を帯び始める[9]。

 このような歩みは、意志理解の問題としては以下のようなステップとしてみることができる。(1)ベルリン時代に形成された「よりよい意識」は、現象世界内部のものに向かう相対的(恣意的)な意志を否定し、真の存在へと超越する意志であった。(2)ベルリン時代の末ごろから、意識の自己同一性(アイデンティティー)を求めて、意識を超越する真の存在への意志は、意識の自己分裂として排除される。(3)しかし、意識の内在的アイデンティティーを求める仕方は、依然として現象世界の相対性を越えて、無制約な存在秩序を実践的に構築する、という意識の自己分裂によっている。(4)構築された存在秩序が、自体的な「真なる存在」に連なるものであるならば、その絶対性は保証されるであろうが、実際にはすでに超越から内在への転換の時点で、その絶対性を保証すべき超越存在が遮断されている。このため、新たに構築されるべき存在の秩序は普遍的拘束性を持たず、単ある恣意と力づくの業に過ぎないという懸念が強まる。(5)同時に、少年時代から学生時代を通じて、有限な意識の苦悩として経験されたものが、実は他ならぬ自己規定・存在構築によって表象世界を超出しようとする意志、「決意」を頂点とする弁証的意志に発するものだ、という立場が表明されるようになる。

 表象存在としての現象を越えて存在(自体的な、永遠の存在であれ、主観的な存在構築であれ)に執着すること自体が、苦の原因であると気付かれる。「我々がそもそも意志するということが、我々の不幸なのだ。なにを意志するかは、全然問題ではない。・・・・・しかし、意志は決して満たされることはない。だから我々は意志することをやめず、そのために生きることは苦悩の連続なのだ[10]。」「よりよい意識」は、今度は意志一般を否定することとして読み替えられ、「意志の否定」の思想に解消されてゆく。

 それと同時に、概念的思考についての評価も変わってくる。(1)すでにゲッティンゲン時代に、抽象概念は意志の道具(mechane)としてとられられていた。そして、意識を超越する「真の存在」への意志を妨げるゆえに退けられた。(2)しかし今や、意志一般が否定されるに至った。世界のありのままの姿を越え出て、その原因や目的を問う思考そのものが、弁証的意志の作用と考えられるようになる。「大抵の人間は、なにかが起こると、すぐに抽象概念で片づけようとする。怠け者がすぐ椅子に座りたがるようなものだ。それは、彼らには、世界が意志の対象としてしか興味がないからだ[11]。」「悟性が、理性の助けを借りて因果法則をたどってゆき、観察している世界のありのままの姿(Soseyn)の根源を求めてゆくとき、その人はもはや観照しているのではない。『なぜ』という問いが彼を苦しめるのである[12]。」そのような弁証的思考をカントは、人間理性の管轄を越えてはいるが、その本性上避けることのできない誤謬推理・二律背反、ないし理論的には証明不可能な理念である、と考えた。しかしショーペンハウアーは、理性の弁証的使用を弁証的意志の働きそのものと考え、それを苦と同一視している。

 ここにすでに、主著第四部の「意志の否定」の思想が認められる。しかし、そのような意志としての世界が、表象としての世界とどのように関係し、意志の否定がどのようにして可能になるのか、といった哲学的問題は、まだ充分に論じられていない。

 この時期の意志の否定の思想の展開については、ショーペンハウアーのワイマールにおけるインド経験との関係も無視できない。しかしこれまでに述べてきたように、ショーペンハウアー哲学の基本的問題意識は、あくまでもカントからドイツ観念論へと至る19世紀初頭のドイツ哲学を背景としており、そのような背景の中でのみショーペンハウアーのアジア的・インド的思想への関係を正当に評価することができよう。ショーペンハウアーがアジアないしインドに言及した箇所を断片的に取り出してきて、それによってショーペンハウアーのアジア思想の理解の正当性をうんぬんする、ということが欧米のショーペンハウアー研究で盛んに行われているが、真の比較思想は決してそのような次元にとどまるべきものではないだろう。そしてその前に、そもそもどのようなショーペンハウアー像が、どのようなアジア・インド象と比較されているのかを明らかにするほうが先決問題である。

 2 ドレスデン時代前期 II(1814年後半)

 この時期、1814年前半までに固まった二つの思考契機、すなわち一方では表象としての世界の構造、他方では意志の否定という二つの契機が、有機的な統一へともたらされる。ここに、両者の統一の地平としての意志の構造解明が求められるのである。

 まず概念的思考は実は弁証的意志の道具であるという立場がさらに進められて、概念による学である哲学自身に、そのような危険性が指摘される。ショーペンハウアーは弁証的意志につかえる哲学を、「知識としての哲学」と呼ぶ。これは明らかにフィヒテの「知識学」を意識した名称である。知識としての哲学は、世界の本質(イデー)を概念操作によって構築し、これによって世界を知的に把握する(わがものにする)のみならず、表象としての世界を変革する決意(行為)によって支配しようとする。世界と世界についての概念は、意志実現のための手段に過ぎない。

 これに対して、弁証的意志の道具として、これに盲目に従うのではなく、世界を直観されるままに、その本質(プラトン的イデー)を認識することをめざす哲学は、「芸術としての哲学」といわれる。そこにはショーペンハウアーが学生時代に取り組んだシェリングの芸術哲学の影響が認められる[13]。ただし、ショーペンハウアーの場合にはそのようにして観取されるイデアが、学位論文『根拠律の四つの根について』以降はっきりと宗教的な性格、神的実体との関係を放棄して純粋にそれ自身表象(標準直観)として読み替えられてゆくのである。従って「芸術としての哲学」とは、直観される表象としての世界の内部に留まりながら、その世界の本質(標準直観としてのイデー)を叙述するのであるが、世界の本質とはほかならぬ、プラトン的イデーと直観的表象との相互依存的関係としての世界の構造それ自身なのである。西欧古代・中世を貫くプラトン的イデア論を、弁証的意志の憶断を廃し、真の存在としてのイデアへの分与という仕方で世界の統一を確保する思考と解するならば、若きショーペンハウアーの「芸術としての哲学」理解が、そのようなイデア的思考を近代的超越論哲学の地平で徹底的に意識内在化し、認識の共同性としての表象世界の統一と安定とを支える制約として読み替える試みであることを見出すのは容易である。それ故ショーペンハウアーの場合、古代、中世形而上学の伝統への近さは、その実体的・因果的思考の強化(これが近代哲学を準備した)にではなく、主観性即意志の哲学として近代西欧哲学そのものへの批判に関わるものである。

 「芸術としての哲学」の目で世界を見るとき、生の営みと、生に伴う苦とが、生命の自己保存のような基本的なものから概念操作に至るまで、すべて満たされることのない盲目な意志に従っていることが暴露される。そのような目で世界を見る者は、その限り意志の支配から免れている。個々のもののイデアを観照する芸術家の主観がその瞬間に意志の支配から解放されているように、表象としての世界のあり方(本質)、つまり生を支配し、苦を生み出す意志の作用を洞察する主観は、少なくともそのとき、意志の支配を逃れている。

 ところで、プラトン的イデーはこれまで意志に無関係なものとして、概念に対置されてきた。しかし実は大きな問題がある。それはイデーのあり方自身に関わる問題である。イデーは、標準直観として、表象の一種だが、個々の経験の対象のように、直接意識に顕現する表象ではない。とすれば、イデーは構想力の産物、ファンタスマであることになる[14]。ところが構想力は、意志が認識能力に働きかけることによって成立する。そうであるならば、イデーも意志に支配されているのではないのだろうか。学位論文『根拠律の四つの根について』執筆直後、「プラトン的イデーとは、もともと理性の居合わせたところで生ずるファンタスマである。・・・・・プラトン的イデーは、想像力と理性との共同の働きによって生じる[15]」と書いた時点で、ショーペンハウアー自身すでにこの矛盾には気が付いていたはずである。しかしそのころショーペンハウアーはこの当然の帰結をあえて避けようとしたように見える。当時ショーペンハウアーは、先に挙げた意志の二つの契機、超越論的意志と弁証的意志の区別を十分に考え抜いてはいなかった。そのため、イデーが意志に支えられていることを認めると、概念が意志の道具である、という批判が意味をなさなくなることを恐れたのであろう。実際にイデアを支えているのは超越論的意志であるが、それに対して概念は弁証的意志の道具のうちでももっとも強力なものである。ドレスデン時代、1814年後半、意志の二つの契機が明瞭に区別されるにいたってはじめて、表象としての世界の安定と統一の制約であるイデアが同時に意志によって支えられている、という表現が可能になる。今や意志は、決意として自覚され、行為における運動感覚として内官に与えられる場合のように、弁証的意志の作用として意識されるのみならず、標準直観としてのイデアを媒介としてあらゆる表象作用、それ故表象としての世界全体を貫いていることが示される。

 まもなく意志はプラトン的イデーとともに物自体と呼ばれる[16]。これは「第一部[17]」で述べたように、表象世界を超越した背後の実体としてではなく、表象世界の超越論的制約として、個々の時間空間的規定を越えているという意味に解すべきである。主著では、イデーを物自体から区別している。その理由は、イデーは標準直観として、個々の時間・空間的制約は受けないが、表象の基本形式である「主観に対す客観存在」を前提としているところが意志と異なることを強調するためである[18]。

 かくして、超越論的な叙述の次元で、三つのステップが区別される。すなわち、個々の直観的表象→その標準直観としてのプラトン的イデー→さらにイデーを支える超越論的意志である。このうち個々の直観的表象といわれるものの全体が、通常客観的世界と呼ばれているものである。ところで「芸術としての哲学」が、意志が世界の統一と安定(アイデンティティー)を支える超越論的制約であることを示す場合、その意志は単に表象としての世界に浸透しているだけではなく、同時に意志の本質(イデー)が表象としての世界の超越論的制約として取り出される、という仕方で、表象に浸透されている。この意志と表象との相互浸透の故に、イデーは「意志の客観性」(Objektitaet des Willens)、ないし「意志の可視性」(Sichtbarkeit des Willens)といわれる。

 客観的(可視的)世界は意識を超越する対象ではなく、意識内部で表象される、主観にとっての対象の全体である[19]。しかし、この「主観にとって」という部分をひとまず取り外し、さらに超越論的制約(根拠)を伝統的形而上学の言葉(それは、我々の日常の言葉になりきっている)によって類比的(アナログ)に表現するならば、世界の実体・原因としての意志→意志の現象としての永遠のイデア→イデアの模倣としての個物、という、自然哲学の枠組みが得られる。これが、主著第二巻の、いわゆる「意志の類比」を支える哲学的基礎であり、その類比においてのみ主著第二巻の「意志の客観化」(Onjektivierung/Objektivation des Willens)ないし「意志の現象」(Erscheinung des Willens)という、ショーペンハウアーの思考にとっては本来二次的な用語が意味を持つようになるのである。成立史的にも、「世界は物自体としての意志の現象である」といった自然哲学を可能にする表現は、学位論文『根拠律の四つの根について』に遅れること一年、1814年後半以降に用いられるようになる[20]。さらに主著でも「意志の客観性」、「意志の可視性」という語は、そのような類比的表現を込めながらも、第三巻を中心に超越論的思考を意識している箇所で使われるのに対して、「意志の客観化」ないし「意志の現象」という語は、第二巻を中心に意志の類比の枠内(自然哲学)に限定して論じる場合にだけ使われているといってよい[21]。しかし、主著第二巻のタイトルに「客観化」という語が使われていること、19世紀後半に始まる本格的なショーペンハウアー哲学の受容期に、エルトマン、フラウエンシュテットらの実体主義的解釈が主流になったこともあって、用語の上でも「客観性」、「可視性」は、「客観化」、「現象」と区別されることがなかった。同じ頃、ミシェレの提出したショーペンハウアー解釈は、超越論哲学的な思考を重視したものであったが、その後のショーペンハウアー解釈からは忘れられていったのである。

 以上のことから、「意志」を単なる世界の実体・原因と考えるのは一面的な見方であることが知られよう。従って、そのような立場からショーペンハウアーの哲学を統一的に解釈するのは難しく、実際、イデーや芸術の意味について矛盾する表現[22]があるように思われたり、「第一部」序説に挙げたような問題[23]、すなわち、「もし意志という知性を持たない実体しか存在しないのならば、表象の世界の秩序はいったいなにに由来するのであるか」という疑問が生じるとして、ショーペンハウアー哲学が盛んに批判されたのである。もっとも19世紀後半の思想史的背景を考慮すれば、これらの批判は、「意志の自己否定の可能性」に関する批判や、「厭世主義・悲観主義」、「自殺の哲学」、「女性蔑視の哲学」、「保守・反動の哲学」といったレッテルと同様、純粋にショーペンハウアー解釈の問題として理解すべきではない。むしろ伝統的・実体主義的目的論(キリスト教的世界観)ないし、近代的・主観主義的目的論(個としての、または類としての人間による世界構築)の立場からショーペンハウアー哲学を叩く戦略に過ぎなかったともいえよう。しかしそのようなショーペンハウアー像が定着するとともに、その影響下に、あるいはそのように理解されたショーペンハウアーを乗り越える試みとして、ワーグナーやニーチェをはじめとする優れた思想家、文人、芸術家が排出したのは、文化史が創造的な誤解の歴史であることの例証と見ることができる。

 以上ドレスデン時代前期草稿を中心にして、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」の基本構想の成立の再構成を試みた。しかしさらに立ち入って、そのような世界を支える意志の自己肯定を、超越論的意志と弁証的意志とのそれぞれについて叙述するという課題が残されている。また、前節に述べた「意志の否定」という思考契機を、この「意志としての世界の基本構想」によって裏付けるという課題も残っている。これらディテイルを、本来断片的な覚え書きである「初期草稿」から順序立てて再構成することは難しい。また主著『意志と表象としての世界』にも、意志の構造についての体系的な叙述はない。しかし、主著における意志の否定の可能性に焦点を合わせながらドレスデン時代後期の「草稿」をたどってゆくと、以下のような意志の肯定と否定の構造が浮かび上がってくる。

四 『意志と表象としての世界』の成立 ― ドレスデン時代後期

 1 超越論的意志と弁証的意志の肯定の構造

 すでに「第一部」で、表象としての世界の統一と安定とは、直観的表象と標準直観(プラトン的イデー)との相互依存的関係によって成り立っていることが明らかになった。これを超越論的意志の側から見るなら、プラトン的イデーを構想力によって絶えず生み出しつつ維持する意志の働きの標準化であると考えることができる。それは、標準直観としてのプラトン的イデーと対応する表現を使うなら、意志の「標準作用」と言ってよいだろう。それによって認識の共同性(表象としての世界)のアイデンティティーが保証されているのである。主著執筆にとりかかった頃の草稿にショーペンハウアーは、「圧倒的多数の人間が、しかも絶え間なく生を肯定し、意志する。それゆえに世界は存在する・・・・・」と書き記している。もちろん、意志の標準作用には、他にも様々な契機が含まれている。知覚的に経験される(意識に顕現する)表象や、知覚されず(意識に直接顕現せず)ただ意識に現前化する表象(ファンタスマ)に向けられる注意(Aufmerksamkeit,intentio)の傾向と強度の枠づけ(Spielraum)と習慣化などである。知覚対象の場合は、ある一定の対象を予想しつつ意識を向け、それに対応するプラトン的イデーによって、これこれの物として(そのイデーの模倣として)認識し、さらにこれをも該当の類に属する個物の一つとして次の瞬間の標準直観産出という構想力の働きに取り込む、といった意識の注意や構想力の作用の枠付けである。知覚されない表象の現前化の場合には、断片的で経験世界からあまりにかけ離れている表象(幻想)を別として、(1)過去の再生としてのファンタスマ(記憶)、(2)現在(Gegenwart)に向かうファンタスマ、(3)未来に向かうファンタスマを区別することができる。このうち(2)現在に向かうファンタスマは、(1)の想起と構造的には同じであるが、(イ)個々の表象(群)が、直接的客観(自己の身体)を媒介とし一定の過去の時間に結びつけられた記憶として生み出されるのではなく、これらの規定を失って経験の全体(世界)についての表象に埋め込まれ、個々の表象の顕現(Gegenwart)の潜在的な背景(全体表象・表象としての世界)を構成する場合、および(ロ)表象としての世界の統一と安定を支えるプラトン的イデーを観照する場合が含まれる。イデーの観照にあっては具体的な時間・空間の規定は完全に取り払われており、それ故それぞれの現在に「恒常的」ないし「永遠」なものとして現前する。(3)未来に向かうファンタスマは、それが完結した存在の秩序として、現実を従わせ、作り替える弁証的意志の働きに仕えるとき、概念と呼ばれる。意志に仕える概念の形成は、当然それに先行する表象(動機)によって引き起こされる。その動機こそ、意志の内容(関心)なのである。その結果、概念は意志の道具としての機能を果たすことになる。

 以上のような超越論的意志の自己肯定としての表象世界の存立、という思想は、構造的には1811年から1812年にかけてショーペンハウアーも聴講したフィヒテの講義『意識の事実』および『知識学』と類似している。ただし、ショーペンハウアーの場合は概念的思考が意志の道具としてとらえられ、概念的な存在構築が退けられるので、フィヒテのような『道徳学』は成立しない。あとで見るように、ショーペンハウアーの場合、正義論、同情倫理、禁欲、世界の消滅という意志の否定の梯子が、伝統的な道徳哲学の位置に置かれる。

 それでは次に、概念による存在構築を頂点とする弁証的意志の作用に焦点を当て、上述のような意志の標準作用から解釈を試みよう。イデーによる認識は、イデーが標準直観として常に表象世界(全体表象)に根を下ろしていることを前提としている。ところで概念も意識に直接顕現する表象ではない。しかもこの間接的な表象は、個々の表象を包摂する。そのためイデーの位置に据えられ、認識の対象を予想しながらこれを類概念に包摂される個別概念として把握することができる。しかしイデーとは異なり、標準直観として表象世界に根を下ろしているという契機を失っている。むしろ一定の目的実現に有用な要素だけを抽象して作られた「表象の表象(Vorstellung von Vorstellungen)[28]」であり、直観される世界との関係はそれだけ希薄になっている。まさにそのことによって表象世界に距離を置きつつこれを対象化し、新たに秩序付け、知的に我がものにし、あわよくば作り替え、こうして自らの秩序に強引に組み込んでしまうことができるのである。それは、攻撃する意志の武器である。

 概念が構築する現実性の秩序は、表象としての世界を征服してゆく。同時に、そのような概念・存在構築という仕方で発現する意志の弁証的作用が、意志の標準作用のうちに堆積し、やがてそれが意志の作用の原型として超越論的意志の作用を呑み込んでしまうことになる。

 ・付論(一)弁証的意志の肯定としての西欧近代

 このような弁証的意志の支配は、西欧(的)近代の思考の特徴である。ドイツ観念論哲学は、そのような弁証的意志を伝統的形而上学の言葉で表現する試みであり、マルクスはこれを社会史の地平に座標転換した(マルクス自身の立場から見れば、「引き戻した」)のであった。ニーチェの「力の意志」はそのような弁証的意志の働きを一定のコンテキストから切り離し、近代西欧(的)思考の「文法」として公式化したものと解することができる[29]。現代は、「力への意志」の思考があまりに自明なものとなり、その自明性に麻痺してほとんど反省されることもなくなった(「盲目な意志」)。しかし、自然科学が自然に向けられた弁証的意志の攻撃性の表現であるように、人間社会も弁証的意志の対象として組み替えられている。個人および共同性としての人間は、意志が我がものにできる形態に組み替えることによって完成する。最も典型的なものが所有関係である。そこでは、外部から働く意志の否定が、所有権の侵害として表現され、かくして意志が意志自らをより明確に把握できるのである。肉食獣は獲物を捕獲する時にまして、獲物が他の獲物に狙われるときに、おのれの野生を剥き出しにする。かつてキリスト教の神が優勢なイスラム文化の攻勢のただ中で自らを「存在者」(世界の最高原因としての神の「存在証明」)として確立していったように、意志の自己支配、「意志の自律」こそが、近代西欧の理想である。かくして人間を取り巻く世界が人間の所有物(領土)となり、人間の作り出すもの、手を加えるものはすべて人間の所有物(「知的所有」を含む)となり、果ては人間自身(人間の本質)、自由をはじめとするさまざまな基本的人権までも所有物となる。領土が侵犯され、生産物・労働力が搾取され、物的・知的所有権、さらに人権が侵害され、補償されうるということ(そのように語りうる思考回路の存在そのもの)は、個としての、共同性としての人間の「物化(実定化)」を示しており、歴史的には弁証的意志の存在支配の確立と同義である。

 弁証的意志は更に、個人、国家・人権、あるいは類としての人間の自己実現・自己貫徹、すなわち自由主義、ファシズム、社会主義等の近代思想の底流をなしている。(従って、「力への意志」は我々現代人のうちに脈打っているのであり、安易に批判したり、ナチズムにだけ擦りつけて片づく代物ではない。)弁証的意志の本質そのものに対する反省がかけている限り、これらの思想の争いは、決着を見ずに果てしなく続くことであろう。

 弁証的意志を頂点とする意志の構造を叙述することは、意志の盲目な支配をその自明性から引きずり出して、これを可能にしている制約をあたかも偶然のもののように問いなおすることであり、それは陰画(ネガティブ)としての意志の消滅(否定)の可能性の制約を哲学的に叙述することへと連なる。

 2 超越論的意志と弁証的意志の否定の構造

 意志の二つの契機、超越的意志と弁証的意志の契機が区別されることから、二通りの意志の消滅 ― ショーペンハウアー自身は、主著第四巻の表題に使われている意志の「否定(Verneinung)」という語とならんで意志の「廃棄(Aufhebung)」、「終焉(Beendigung)」、「消滅(das Verschwinden)」など様々な表現を用いる。「肯定」の反対語としては「否定」という表現がわかりやすいが、以下の叙述からも明らかなように、「廃棄」、「終焉」あるいは「消滅」のほうがショーペンハウアーの思想を正しく伝えると思われる ― が想定される。すなわち、弁証的意志の次元での消滅と、超越論的意志の次元での消滅である。

 学生時代から熟し始めた「意志の否定」の思想は、実は弁証的意志の否定であった。これに対して、超越論的意志の消滅は、表象作用の消滅と同じである。こちらのほうは、学生時代には個としての人間のアイデンティティーの危機として「死」ないし「無」の問題として捉えられた問題である。しかし、そのような超越論的意志の消滅(の状態)は、表象を素材とする哲学の背後の問題であり、哲学的には決して取り込むことのできない限界概念である。ショーペンハウアーは、主著『意志と表象としての世界』第四巻末で意志の消滅について述べているが、そこでも二つの意志の消滅(Aufhebung)の区別が明らかに認められる。例えば弁証的意志の否定は、「認識だけが残り、意志が消えてなくなってしまった。[30]」という表現の中に認められる。これに対して「意志がなければ、表象もないし、世界もない。[31]」は、超越論的意志の消滅に関わるものと見られる。しかし両者の関係は主著の叙述からだけでは十分に汲み取ることはできない。以下に、弁証的意志の消滅の可能性を、前に述べた意志の肯定の構造から照らし出し、次に、限界概念としての超越論的意志の消滅の可能性を描いてみる。

 まず、弁証的意志の否定から検討してみよう。そもそも弁証的意志を否定することができるのだろうか。そのためには意志の否定を意志しなければならない。これは、意志の消滅した状態を表象し、更に実現するという、弁証的意志の働きそのものではないか。そのことによって意志の標準作用は弁証的意志としていっそう強化されることになろう。意志の否定への意志も、結局は意志の肯定にすぎない。

 実際、主著69節に展開されるショーペンハウアーの自殺否定論はこのような思考に基づいている。すなわち、「通常の自殺者は、生を意志し、身体の思うままに生きることを欲する。しかし身体とともに物質が、因果性が、必然性が定立されており、それらがいたるところで身体の生を拒む。自殺者は意志することをやめることができないので、生きることを止めるのだ。彼は意志の現象を破壊する ― 意志によって。だがその意志自身を破棄することはない。[32]」自殺者は死んでしまうのに、意志が残る、とはどういうことであろうか。それは、上述の意志の肯定の構造に従って考えるなら、「命をかける」ほどの強烈な意志が、すべての個別的意志の作用の原型となる意志の標準作用のうちに堆積され、全体としての意志の強化に導く、と解することができる。

 それでは意志は結局自らを否定することはできないのだろうか。学生時代のショーペンハウアーは、もののプラトン的イデーを芸術家の目で観照することに、意志の支配からの一時的な脱却を認めた。更にドレスデン時代のショーペンハウアーは、哲学を「知識としての哲学」と「芸術としての哲学」とに分けた。知識としての哲学が表象として与えられている世界を越えて概念作用によって一定の目的にかなった世界を構築し、我がものにすることをめざすのに対して、芸術としての哲学は、世界の本質をそのような意志に支配されたものとして構造分析する。個々のもののイデアを観照する芸術家の主観はその瞬間に、ものを意志の支配の対象としてみることから免れている。同様に、意志に支配された表象世界のあり方(本質)と、その中での意志の作用とを洞察する哲学的主観は、その主観に世界を意志の対象としてみることと、その挫折から生じる苦悩とから解放されている。芸術(芸術としての哲学を含む)的な認識についてショーペンハウアーは、意志の活動を促す表象(「動機 Motiv」に対して、おそらくはゲーテの『若きウェルテルの苦悩』中の表現に倣って「鎮静するもの Quietiv」という名を与えている。

 もし弁証的意志自身を発動させることなしにその鎮静が起こるなら、その鎮静作用はそれ自身は一時的なものであっても、度重なるとともに標準作用を構成する契機として堆積し、意志に含まれる弁証的作用の発動を鎮静する方向に働くであろう。ショーペンハウアーによれば、そのような意志の鎮静した状態を生きるものが「聖者」である。聖者の中には、もはや食を摂らずに死に至るものもあるが、この場合は意志の自己貫徹としての自殺とは異なり、意志は残らない[33]、と言われる。このような自殺者と聖者の選ぶ死の違いについてのショーペンハウアーの発言も、先に述べたような意志の肯定と否定の構造の具体的な表現と考えるときにはじめて整合的に理解できる問題である。

 以上のような思考を延長すると、限界概念としての超越論的意志の消滅の構造が得られる。一定の意志の関心によって個々の物ないし世界全体を把握するのではなく、意志の関心を離れて物のイデアを観照し、世界の本質を洞察(durchschauen)するとき、主観はその対象と一体になり、己を忘れる、と言われる。これは主観と客観との対象的距離の消滅である。その場合、認識の対象に向けられる注意(Aufmerksamkeit, Intentionalitaet)の程度(超越論的意志の強さ)ははるかに小さいはずである。そのとき、意志の標準作用を構成する、表象(の対象)一般への指向性への習慣も補強されず、むしろ減少しているはずである。いわば、表象としての世界の姿はそのままに、その存続のエネルギーは弱まるのである。意志の沈静化が意志の標準作用として集積した結果、個別的自我における超越論的意志(性格)に分与され、その消滅にまでおよぶ場合が、禁欲の聖者である。それは、限界概念としての超越論的意志の消滅(「意志なくなれば表象もなくなり、世界もなくなる。」)の先駆けである。それ故こそ、聖者はしばしば終末論的な衣をまとう。

 さて、これまで述べてきたように、意志の廃棄・消滅が意志の標準作用と個別的意志との相互関係の中で生起するとすれば、そのような意志の構造から見ても、意志の消滅は個別的意志の「否定への意志」によってひきおこすことはできない。意志の否定は、「計画的意図的にむりやりに勝ち取られるべきことではなしに、むしろそれは人間における意欲と認識との間の最内奥の関係の中から発生してくることなのである。[34]」というくだりは、あまり歯切れの良いものではないが、本稿に示した意志の否定の構造から見れば、納得のゆく表現である。意志の否定は、「意志の自由の唯一の直接的な現れ[35]」であるが、個人にとっては、あたかも「われわれが手を加えることなしに恩寵の働きによって、まるで外部から来るように[36]」やって来るかのような印象を与えることもある。それ故に救済者は超越的存在の仲介者という衣をまとうのである。ショーペンハウアーは、キリスト教の本質はこのような意志の否定にあると考えている。「イエス・キリストは、生きんとする意志を否定することの象徴ないしは人格化である[37]」というキリスト理解は、ブルトマンの聖書の非神話化に代表されるような解釈学的神学の思想に通じるものがあろう。

 ・付論(二)ショーペンハウアー解釈について

 以上のような意志の肯定と否定の構造は、先にも述べたとおり、ショーペンハウアー自身の言葉だけから完全に再構成することはできない。しかし、そのような構造を予想することは、学位論文『根拠律の四つの根について』からドレスデン草稿を経て主著へと展開する若きショーペンハウアーの思想を追思考すれば、さほど困難なことではない。それによって一見「色とりどりのモザイク」(ヴァンデルバント)に見える様々なショーペンハウアーの言葉が、有機的連関を持った「たった一つの思想」をなしていることがわかるのである。

 あるいは、以上試みたようなショーペンハウアー解釈、殊に、意志の肯定と否定の構造については、ショーペンハウアーが言わなかったことまでショーペンハウアーの思想として述べようとしている、原点に忠実な解釈ではないと言う批判があるかもしれない。解釈(理解)とはなにかという問題は、戦後、実証主義、現象学的解釈学、批判理論、構成主義と言った様々な立場から論じられた、哲学の主要問題の一つであり、本稿の枠内で論じることはできないが、著者として次のことだけは述べておきたい。

 本稿の意図は、ショーペンハウアー哲学の統一的解釈の視点を獲得することであった。原点の言葉を繰り返すことだけでは、解釈とはいえない。また、いわゆる「原典内在」の解釈も、引用以外の箇所はもちろん、引用の選択、組み合わせにあたって、すでに一定のショーペンハウアー理解を前提しているのである。ただ、そのような理解を無反省に原典と同一視しているだけなのである。解釈の意図と視座とがはじめから、解釈者の歴史的・文化的背景によって色づけられている限り、これを「原典内在」の名の下に無視することはできない。むしろ解釈者自身がそのような関心を自覚することで、己の解釈に盲目になる危険から脱することができるのである。本稿の意図は、従来難点として批判されてきたような部分を含めて、ショーペンハウアー哲学の統一的解釈が可能になるような視点を求めることであり、その際の基本的な視座は、ショーペンハウアーを、彼の生きた時代の哲学、すなわちカントからドイツ観念論へと展開した哲学の問題意識の文脈で捉えるということであった。そのようなショーペンハウアー解釈が、19世紀後半の哲学的関心を背景とする通常のショーペンハウアー像と異なることは当然である。「ショーペンハウアー哲学」とは、それらの(本稿を含めて)多様なショーペンハウアー像の集合に与えられた名前に過ぎないのである。

五 ショーペンハウアーの倫理学 ― 正義と同情

 ショーペンハウアーの倫理学は、正義論を基礎とする法理解および同情を基礎とする道徳論という二本立てになっている。西欧の伝統的倫理学は、人間の行為の規範を定める、規範的倫理学である。カントは、実践理性である意志の自律こそが行為の最高形態である、と考え、その規範を「定言命法」として極限まで形式化した。ところが、ショーペンハウアーの思索が始まる1810年頃は、ちょうどヘーゲルの『精神現象学』(1807)、シェリングの『自由論』(1809)、フィヒテの『道徳論』(1812)など、個別的主観の自己規定としての道徳性と、その根拠(実体・普遍性)との媒介が問題となりだしたときであった。それは、個として意識する人間の自己規定(存在構築)を中心に置きながら、共同性としての人間のアイデンティティーの側からバックアップして、主観的意志の恣意性を克服しようという試みである。それは、理論的な問題地平で、「真の存在」としての「物自体」ないし「イデー」について行われた議論と平行するものである[39]。ショーペンハウアーの倫理学も、同じ問題意識(個人道徳を共同性の地平によって媒介すること)から出発しているのである。ただし、ショーペンハウアーの立場から見れば、あらゆる規範的思考の痕跡は(倫理学においても)、否定への意志を含め、総じて弁証的意志を助長するものに過ぎない。そして、苦は弁証的意志に由来する、否、弁証的意志の作用そのものなのである。それゆえショーペンハウアーの哲学の意図は、意志の肯定と否定というこの「双方の概念を説明し、これを理性によって明晰に認識することでしかあり得ず、どちらか一方をとるよう指示したり、人に勧めたりすることはけっしてない。[40]」

 倫理学の出発点は、苦の本質が弁証的意志であるという認識であり、それは弁証的意志の廃棄へと向かうのである。しかし、倫理学が「生き方」に関わる問題である限り、自己の身体の肯定(生命の自己保存)、したがって超越論的意志の肯定は前提されている。ショーペンハウアーの倫理学は、どの段階をとっても、そのような超越論的意志の肯定という前提の下ではいかに更衣すべきかという暫定的行為論なのである。

 正義としての道徳論と同情としての道徳論とを比較すると、そこに廃止を個としての人間のアイデンティティーの次元で見るか、共同性のアイデンティティーの次元で見るか、という違いが認められる。個としての人間のアイデンティティーの次元で見るなら、超越論的意志の自己保存とは、個人の身体の保持、生存(権)のことであり、そのような生の自己保存の意志が妨げられないことである。これを意志の規定として表現すれば、自分の超越論的意志の領域を越えでて弁証的意志として他の意志を否定(攻撃・侵害)しない、ということになる。

 個としての認識・意志主観のアイデンティティーが脅かされる時、「不正」といわれる。従って、個別的主観の次元では、「不正を行わない」ということが道徳の基本である。個々から「不正」に対する「正義(公正)」は、それ自身なんら積極的な内容を持つものではなくて、むしろ「不正」の否定という派生的で消極的な性格を有することが明らかになる[41]。従って、正義・公正を積極的な原理(「基本価値」)、あたかも権利請求のできるものとして規定する ― このような思考がすでに弁証的意志に従う思考である ― なら、そのような法体系のもとでは、社会正義の完全な実現が不可能な限り、現実社会全体が「不正」として断罪されねばならないというジレンマに陥るのである。

 この個別的主観の次元では、侵害する意志も侵害される意志も、個としての意志であり、共同性としてのアイデンティティーは意識されていない(存在しない)、従って、複数の個人を調停する共同性の次元は外部から、法と国家という形で保証されなければならない。このとき、「不正を行わない」という意味での「正義」は裏返されて、「不正を受けない」へと転換される。かくして法律)ショーペンハウアーはここでおもに刑法を念頭に置いている)は、国家の権力による威嚇と強制とによって、個人が不正を受けないように行為規制を定めるが、法の適用は具体的には、何者かが「不正を受けた」かどうかという点にかかわるのである。「国家というものは、理性を具備したエゴイズムそのものに降りかかってくるそれ自身の悪い諸結果を回避しようとするための手段[42]」にすぎない。

 「不正を行わない」という意味での「正義」は、個別的主観の次元での道徳性の最初の形態であり、法律論・国家論の道徳的な基礎でもある。これに対して、人間の共同性の次元で現れる道徳の形態が、「同情」(本来の意味は、「同」Mitleiden)である。これは、人間の認識と行為の共同性(世界)の次元に高められた道徳性である。一方では超越論的意志の肯定から世界の存続が前提されるが、同時に弁証的意志が他の意志を否定することによって絶えず苦が生み出される。この苦を受けるものがもはや別な固体の苦としてではなく、己の苦として経験される、というものである。

 人間の共同性の次元は、意志と表象としての世界、すなわち直観的世界とプラトン的イデーの相互依存によって支えられる表象としての世界、およびその統一と安定を支える超越論的意志意志とによって、哲学的に基礎づけられている。個としての人間の表象・意志の作用は、プラトン的イデーと意志の標準作用として堆積し、それによって再び個としての人間の表象・意志が枠づけられる。同情とは、このような共同性のアイデンティティーと個のアイデンティティーとの相互依存による統一の具体化に他ならない。従って、ショーペンハウアーにとって「同情」の倫理は、単なる信条ではない。哲学的な帰結なのである。実際にショーペンハウアーは、意志と表象としての世界の構造がほぼ確定する1815年に、初めて「同情」という語を導入している[43]。それゆえに、「同情」の倫理をショーペンハウアー哲学の土台に据えることもできない。それは道徳論として、超越論的意志意志の肯定の立場にとどまっているからである。

 同時に「同情」は超越路的意志の自己否定の契機を含んでおり、「聖者」への道を準備する過渡的段階である。それは、今まで暗黙の了解としてきた超越論的意志の肯定と、生命の自己保存との微妙なずれによるものである。すなわち、表象としての世界を可能にする超越論的意志意志は、イデアを観照するときや、世界の本質を洞察するときは弁証的意志から脱がれている。しかし、生命の自己保存は、なんと言っても食物(生命)の摂取・消化というような、他の意志の否定を前提としており、そのため超越論的意志の肯定に過ぎぬはずの単なる生の自己保存は、常に苦を生み出すことになる。そのような苦の消滅は、個としての人間の行為においては、断食しかあり得ない。そして、それは必然的に聖者の死、超越論的な意志の消滅へといたるであろう。

六 結びにかえて ― ショーペンハウアーと宗教、死の問題

 本稿ではショーペンハウアー哲学を、その成立期にあたる19世紀初頭の哲学的な問題関心から照明しようと試みた。それまで人間のアイデンティティーを二重の意味で、すなわち個としての、および共同性としてのアイデンティティーを保証していた伝統的キリスト教的な秩序が次第に自明ではなくなっていくという経験のただ中で、新たなアイデンティティーの確立を求めて様々な哲学の思考実験が行われたときであった。カントからドイツ観念論へと展開する哲学の流れは、真に存在する実体という、伝統的形而上学の存在理解がひとまず放棄され、人間の二重のアイデンティティーを意識の自己同一性から出発して認識の共同性としての自然と意志の共同性としての道徳の統一へと構築してゆくプロセスである。この場合個としての人間のアイデンティティー(自己意識)は、教養小説(Bildungsroman)の主人公のごとく、偏狭な個別性を克服しながら、ヘーゲルの絶対精神にいたるまで高められつつ引き継がれ("aufgehoben")てゆく。そこでは直ちに伝統的キリスト教的な意味での個としての人間のアイデンティティーの存続としての永遠の命ではなくとも、普遍的絶対者に参与しつつある特殊者として、伝統的キリスト教と同じ思考構造に安んじることができる。また、そのような思考によって到達される絶対者は、結局あのキリスト教の神に通じるという希望を与えてくれる。

 これに対して、ショーペンハウアーの場合、人間のアイデンティティーはどのように理解されるだろうか。若きショーペンハウアーの思索を追ってゆくと、「よりよい意識」、「物自体」、「表象」、「意志」などが読み替えられてゆくとともに、人間のアイデンティティーについての考えも変容していく。ゲッティンゲン時代のショーペンハウアーは、伝統的キリスト教以来の実体主義的な人間観に従っているが、ベルリン時代には主観主義的な自己構築・存在構築の主観としての人間理解が濃厚である。これに対し、学位論文『根拠律の四つの根について』以降、ことにドレスデン時代にはいると自体的に存在する実体はもちろん、主観によって構築された実体も認めず、厳密な「表象」の立場を追求してゆく。その結果、意識の統一としての個としてのアイデンティティー、直観される世界と、その標準直観としてのプラトン的イデーとの相互依存的統一としての世界という、認識の共同性のアイデンティティーが確立される。

 従って、個としての人間のアイデンティティーは、共同体としての人間のアイデンティティーに基礎づけられている(人間のイデアの模像である)に過ぎない。また、プラトン的イデーも、超越論的意志が直観的世界の標準直観として絶えず生み出すファンタスマであり、その「永遠性」は、(1)身体的な規定を受けない、それゆえ具体的な空間・時間的制約を受けない、(2)概念的秩序による存在構築と異なり、、弁証的意志の恣意によって変化しないということにすぎない。更に、表象としての世界の構造的統一を支える超越論的意志制約としての意志が「物自体」と呼ばれるのは、これが表象の連関(世界の可視性)の文脈では、表象としての世界の可能性の形式的な制約として主題化できないからである。ショーペンハウアーの立場からは、人間は個としても、共同性においても有限であり、不死、永遠の命といった表現の余地はない。

 このような帰結が、キリスト教的形而上学的な関心が(いかなる形に消化されるにせよ)根強い西欧で、ショーペンハウアーの哲学がしばしば感情的な反発を受ける理由ではないかと思われる。死によって個としての人間のアイデンティティーが脅かされる時、そこから直接逃れるためには、不死、すなわち永遠の命によるほか解決はない。個としてのアイデンティティーの否定としての死を共同性のアイデンティティーの否定(罪)の結果とし、共同性の肯定によって個としてのアイデンティティーの回復が可能であるとするキリスト教の救済思想は、そのような宗教的要求にこたえるものである。キリスト教は罪を数量化し、債と見ることによって、死から永遠の生への転換という出来事を贖宥(あがない)という正の数量化への転換の類比によって言い表している。そのような発想からパスカルの信仰についての確立計算までの隔たりは、大きくない。

 しかし、そのようなアイデンティティーの確保は、世界の実体的原因としての神の存在を前提としており、伝統的キリスト教の世界観が自明でなくなるとともに、救済は疑いの対象となり、その溝を埋めるためには実存をかけた決意か、人類の存続、更に絶滅の危機にある生き物(鯨やトキ)の保護、といった代償行為に逃れる路しか残されない。

 これに対して、個としての人間のアイデンティティーの危機として「死」に対するショーペンハウアーの立場は、次の文に明確に示されている。「たしかにわれわれの前にはただ無だけが残っている。しかしこのように無に帰してしまうことに抵抗するものがあり、これがわれわれの本姓なのだが、またこれこそはほかならぬ生きんとする意志である。・・・われわれがこれほどにも無を嫌悪しているということ自体が、われわれが生きんとする個の意志以外の何者でもなく、個の意志のほかにはなにも知っていないということを、別様に言い換えていることにほかならない。[44]」死における、アイデンティティーの危機の意識は、純粋に動物的な自己保存の本能による危機意識をはるかに越えることがある。それは意志、ことに弁証的意志の肯定の裏返しの表現に過ぎないのである。弁証的意志は、表象としての世界の内で出会われるものを越え出ながら、すべてを意志の対象として取り扱える「もの」(実体)へと組み替える。存在自身も実体となり、意志主観の所有物となる。かくして、主観は、様々の所有物の喪失を恐れる以上に、所有物となった自己の存在(生命)の喪失を恐れるのである。「我々がそもそも意志するということが、我々の不幸なのだ[45]。」意志の消滅は、そのような死の恐れの消滅でもある。

 同時にショーペンハウアーは、このような死の恐れを乗り越えたところで、意志は純粋な生命の本質の意志として、『意志と表象としての世界』第54節に描かれる(ニーチェに通じるような)意志の肯定に転じる可能性も示唆している。

 ショーペンハウアーの「死」への対処のしかたは、無明によって死を含む苦がもたらされ、無明からの脱却によって苦から解放があるとする原始仏教以来の伝統的救済観に近い。ショーペンハウアーと東洋思想、ことに仏教との関係についてくわしく論ずることは、著者の能力を超えることであるが、今まで述べてきたような「表象」と「意志」の解釈を通して浮かび上がってきたショーペンハウアー像は、東洋・西洋の比較(対話)という課題に興味ある視点を提供してくれるように思われる[46]。

[1] 武蔵大学人文学会雑誌第十9巻第三・四号39 ― 66ページ所収、以後「第一部」と略記。

[2] 「第一部」、48ページ参照。

[3] 『ショーペンハウアー遺稿』、Schopenhauer. Der Handschriftliche Nachlass. DTV. 以下引用箇所表示にあたっては、同版引用法による。HNI, 11.

参照。

[4] 「第一部」、50 ― 51ページ参照。

[5] HNI, 54.

[6] Augustinus. "De Trinitate" libri XV. Sancti Aurellii Augustini Opera Omnia, Vol.8,(Patrologia Latina, ed. J.-P. Migne, Vol. 42).Paris 1886, 987.参照。

[7] Fichte.Werke IV. Berlin 1971, 11f. 参照。

[8] 『根拠律の四つの根について』(初版。1813年)、ブロックハウス版全集第七巻、80ページ(遺稿 Go,80等と略記)。

[9] 「第一部」56 ― 63ページ参照。

[10] HNI,120.

[11] HNI,159.

[12] HNI,128.

[13] 拙著 Der junge Schopenhauer. Freiburg/Muenchen, 1988.S.227f.参照。

[14] 「第一部」、60ページ参照。

[15] 「第一部」、60ページ参照。

[16] HNI,169,187.参照。

[17] 60 ― 61ページ参照。

[18] 『意志と表象としての世界』、WI,205f.邦訳(中央公論社刊『世界の名著・ショーペンハウアー』353 ― 354ページ参照。

[19] 「第一部」、52 ― 55参照。

[20] 初出 HNI,169.

[21] 「客観性」(Objektiaet),「客観化」(Objektivation), さらに「主観性」に対立する意味での「客観性」(Objektivitaet)という用語が若きショーペンハウアーの思想の中で使われ始める経緯、およびその意味の違いについて詳しくは、前掲 Der junge Schopenhauer, S.220f.,248f.等参照。

[22] 「第一部」、64ページ参照。

[23] 「第一部」、46ページ参照。

[24] 「叡知的性格」は、個々の意志が、意志の標準作用に分与しつつ、一定の枠内で作用する仕方であると解することができる。意志の作用、何をどのように欲するか、欲しないかは、絶対的な ab-soluto 無制的の存在構築ではあり得ず、これまでの意志の作用の集積としての標準作用の枠内でのみ起こりうる。だからこそ、個々の意志に「汝欲すべし」と無制約に命ずることは無意味なのであり、性格を変えることはできない、とされるのである。

[25] HNI,398(1816).

[26] 「第一部」、53 ― 54ページ参照。

[27] 「第一部」、60 ― 61ページ参照。

[28] Go,49.

[29] ニーチェが西欧形而上学的思考、ことにデカルトの「我思う co-agitare」以来の意志の思考の完成者であるという点については、ハイディガーが繰り返し指摘したことである。Heidegger. Nietzsche(1961), 第2版 1976. Bd.II. S18.等参照。

[30] 『意志と表象としての世界』、WI,486;邦訳710ページ。

[31] 『意志と表象としての世界』、WI,486;邦訳709頁。

[32] HNI,168,Nr.275.またHNI,226f.等参照。

[33] 『意志と表象としての世界』、WI,451f.;邦訳665頁以下参照。

[34] 『意志と表象としての世界』、WI,478;邦訳699頁。

[35] 『意志と表象としての世界』、WI,478;邦訳698頁。

[36] 『意志と表象としての世界』、WI,480;邦訳702頁。

[37] 『意志と表象としての世界』、WI,480;邦訳701頁。

[38] 『意志と表象としての世界』、第一版への序文、WI,VII f.;邦訳713 ― 714頁参照。

[39] 「第一部」、43頁参照。

[40] 『意志と表象としての世界』、WI,336;邦訳、519 ― 520頁。

[41] 『意志と表象としての世界』、WI,390f.;邦訳600 ― 601頁。

[42] 『意志と表象としての世界』、WI,413;邦訳617頁。

[43] HNI,295,311参照

[44] 『意志と表象としての世界』、WI,486;邦訳709頁。

[45] HNI,120,前掲。

[46] ショーペンハウアーと仏教・インド思想について詳しく論じた内外の最高の研究書としては、兵頭高夫『ショーペンハウアー論。比較思想の試み』(1985年、行路社)、およびJohann J.Gestering. German Pessimism & Indian Philosophhy. Delhi: Ajanta Publications, 1986 等参照

☆ 武蔵大学人文学会雑誌第二〇巻第三・四号(平成元年九月)所収



若きショーペンハウアーにおける「表象としての世界」の構想
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